『眼の冒険』松田行正著,デザインの教科書として読みつがれていくべき一冊.#本のおすすめ #BookRecommend .

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ちくま文庫の新刊『眼の冒険』が面白い.「面白い」という表現に自分の語彙力のなさを感じているのだけれど,面白いものは面白いので「面白い」と書くしか無い.

副題は「デザインの道具箱」.書籍のデザインを専門とする著者が,文字の成り立ち,Led Zeppelinのアルバムジャケット,映画トゥルーマン・ショーのドーム,など様々なテーマからデザイン的思考を綴っていく.

「縦」という漢字は「糸」と「従」に分けられ,「糸」は糸たばがふたつ縦に並んだ形から派生し,「従」は人が二人寄り添っている姿が字源だそうだ.

『眼の冒険』というくらいなので,見る力を養うための本なのだが,デザインとか全く関係ない人にも読んでいただきたい名著.

見出しは5つ,どこから読み始めてもよい構成で書かれているので,自分の嗜好や思考にひっかかるキーワードがあるページからでも,とりあえず読んでみるとよいだろう.

『眼の冒険』の見出し,というかテーマ
  1. 直線の夢
  2. 面の愉しみ
  3. 形のコラージュ
  4. 文字と遊ぶ
  5. 眼の冒険

ちくま文庫の新刊と書いたが,本書がはじめて発行されたのは2005年.「15年以上が経った今でも,書かれている内容が全く古びていない」,こう著者もあとがきで書いているが,普遍的なテーマを扱っているからだろう.僕も読み終えてみて「内容は全く古びていない」と感じる.

普遍的なテーマを扱っているので,内容が古びない.
デザインの教科書と言える一冊だ.

20世紀は,「覆う・包む」文化の世紀だった.

僕は「3.形のコラージュ」の中にある「覆う・包む」が一番好きで,そこを何度も読み返した.

『20世紀を「覆う・包む」文化の世紀だった』

こんなふうに考えたことは一度もなかったので,新しい視点と考え方を植え付けてもらえた.

二十世紀は「覆う・包む」文化の世紀だったと言われている.その多くはプラスティックに負っているが,覆われたものは人工物と化し,地球汚染物質ともなった.加えて地球全体を電波でも覆って,地球すら人工化しかねない勢いとなっている.宇宙の彼方の外惑星から地球を観察したら間違いなく電子惑星に見えるだろう.隠すことからはじまった「覆う」文化の,人類に与えたメリットは計り知れないが,デメリットも多い.

↑のような出だして,「覆う・包む」の章は始まる.冒頭は,ピータ ウィアー監督の1998年の映画『トゥルーマン・ショー』で,主人公のトゥルーマンの世界が,本人の伺い知らぬところで,一人の監督と大勢のエキストラによって覆われていることを紹介している.この映画で登場するドームの在りようは,1970年に発表された「マンハッタン計画」の規模と似ているらしい.

この章がキッカケで,Netflixにあった『トゥルーマン・ショー』を観たが,映画も面白かった.

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「覆う」文化のキッカケの一つとして,「アスファルト舗装」が挙げられている.アスファルトに覆われた道しか知らない,昭和生まれの僕にとって,アスファルト舗装されていない道路を想像することは難しい.

最初にアスファルト舗装が施されたのは,1838年のイギリス.フランスでは1854年にアスファルト舗装の道路が登場し,日本は1910年までかかったらしい.その後,第2次世界大戦後の占領政策で,本格的に道路のアスファルト舗装が進められている.

このようにして地球の表面は,様々な人工物でどんどん覆われるようになっていく.『眼の冒険』を読まなければ,アスファルト舗装された道路に対しては,何の感想も持たないまま人生を過ごしていたかもしれない.

二〇・二一世紀の「覆う」文化の引き金の一つに,一九世紀の都市の道路を完全に覆って,大地を封じ込めてしまったアスファルト舗装があった.産業革命によって交通・輸送システムの高速化が求められるようになり,馬車の走りやすい道路の必要性が高まった.
最初のアスファルト舗装の実験は一八三八年,イギリスで行われたが,ほどなくヨーロッパ全域に波及し,馬車などによる騒音や砂ぼこりなどが減少した.そして自動車も登場,ゴムタイヤが発達するようになって,アスファルト舗装の需要は増加した.

アスファルト舗装が登場する前,パリの街頭などに敷き詰められていた敷石は,革命などで,民衆が武器にしたりバリケードとして積み上げたりしていた.アスファルト舗装の道路になって,治安も維持しやすくなったようだ.これは,覆う文化が人類に与えたメリットだろう.

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「u」,16世紀に加わった最後のアルファベットの1文字.

アルファベットが,全部で26文字あることを知っている人は多いと思う.けれど,「j」と「u」,「w」の3文字は後から加わり,紀元前1世紀ごろまでは,23文字しか無かったことまで知っている人は少ないのではないだろうか.

「w」は,11世紀にルーン文字にあった「w」の音を表すために作られ,「u」と「v」が区別されるようになったのは,16世紀になってから.「j」が「i」と区別されるようになったのは,15世紀からと言われている.

ラテン(ローマ)・アルファベットが二六文字になったのも,それほど古い話ではない.紀元前一世紀ごろ,アルファベットはすでに二三文字であった.なかった三文字は「j」と「u」,「w」.「w」は,一一世紀にノルマン人がヨーロッパやイギリスを征服した後,ルーン文字にあった「w」音をあらわすためにつくった.
「u」と「v」が区別されて使われるようになったのは一六世紀.
「j」は,ローマ数字で書き表すときの「止めマーク」としてあらわれた.たとえば,「一七八九」をローマ数字で書くと「Mdcclxxxviiij」.「j」は数字列がここで終わることを示している.つまり「i」の下端を曲げてつくったという案.この「j」が「i」から独立するのは一五世紀になってから.

ラテンアルファベットの形成史は,本の中の図版でも分かりやすくまとめてあるので,興味がある人にとっては,図版も参考になるだろう.

100を超える図版.図版を眺めるだけでも,デザインのヒントと出会い,思考の幅が拡がっていく.

本書は,図版が非常に豊富なのも特徴の一つと言える.

パラパラとページを捲りながらざっと数えただけでも,図版の数は100を超える.最後までちゃんとカウントすれば200以上になるかも知れない.僕は書籍のデザインやレイアウトの知識は全くないけれど,これだけの図版を読みやすい状態で配置するのが,どれくらい大変なのか?,なんとなく想像することができる.

それだけ図版が入っていて,文庫本サイズなのにも関わらず,最後まで読みづらさを一切感じさせない.さらに,本の小口は騙し絵の顔になっている.細かいところまで,丁寧に製本されている証拠だ.

ざっと数えただけでも,図版は100以上.
もしかしたら,200近くの図版があるかもしれない.

著者の松田行正氏は,グラフィックデザイナーで書籍のデザインを中心に活躍.タイトルの『眼の冒険』は,多木浩二の『眼の隠喩』と,草森紳一の『円の冒険』からとってある,と「はじめに」にも書かれている.そして,文庫本の帯のコメントは,鷲田清一.

デザインや芸術に興味がある人は,本書が,これらの人たちから影響を受けた著者によって書かれていること,巻末にまとめられている参考文献を見ても,ワクワクしてくるだろう.『眼の冒険』は,読む人の眼だけでなく,考え方と感性にも影響を与える「デザインの教科書」として,読みつがれていくべき一冊である.

〈了〉

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