『明るい部屋』ロラン バルト著,本の感想/口コミ/レビュー #写真についての覚書

Photo : SMATU.net

『明るい部屋』(ロラン バルト著)を再読している.

以前一度読んだ本なのだが,はじめて読んだときは,スティーグリッツやメイプルソープなど有名な写真家の作品(写真)を見ることや,「ストゥディウム」や「プンクトゥム」といった用語と概念を理解することに精一杯で,バルトの考える写真論のはほとんど読み解くことができていなかった.

もちろん再読したからといって,バルトの思考を深く理解できている自信は無いのだが,1回目よりは少々気づきの多い読書だったので,興味深く感じた点をいくつか書き留めておこうと思う.『明るい部屋』の副題は「写真についての覚書」というものだが,この響きはとても気に入っており,ハッシュタグを付けて「#写真についての覚書」として,弊ブログでも使わせていただいている.

本書の日本語訳は,1985年にみすず書房から発売されている(おそらくは85年に発売されたのが初版).1997年には同出版社から,版を変えて(表紙も変わっている)再販されており,今でも新刊を書店で買うことができる.写真論の名著といってよい本なので,写真が好きな人は手にとってみるとよいだろう.

手元にあるのは(恐らく)日本語訳の初版となるもの.
現在でも,違うデザインの表紙で新刊が手に入る.(写真論の古典であり名著だとおもう)

『明るい部屋』ロラン バルト著,本の感想/口コミ/レビュー

仮に誰かから「『明るい部屋』という本には何が書かれているのか?」,と聞かれたら,こう答えるだろう.

『明るい部屋』は,写真の持つ本質と,心の琴線に触れる写真を分析した,バルトの考える写真論で,写真の本質を「撮影者」「幻像」「観客」の3つの視点(それぞれが受ける感動とも言っている)から掘り下げていくアプローチをとっている.

この「撮影者」「幻像」「観客」の内,「幻像」「観客」のふたつの視点については特に詳しく言語化してあり,その考え方が非常に興味深い写真論の名著であり,写真論の本では古典だよ.

ウィキペディアによると,『明るい部屋』の原著『La Chambre claire』は1980年に出版されており,バルトの遺作とされている(著者略歴によると,バルトは1985年に亡くなっている).バルトが『明るい部屋』で論じていることを考えた時代から,すでに40年以上が経過していることを鑑みると,本書は古典と読んでも差し支えない部類になるだろう.

『明るい部屋』は,はじめてニエプスが写真を撮ってから100年以上後に書かれている.

ニエプスがはじめて写真を撮った1826年から,100年以上経った1980年代はじめに出版された本ということ.そして,今から40年以上前という,写真機がテクノロジーとしてもまだ注目されていた時に書かれていることを頭に置いておくとよいだろう.

スティーグリッツ,アヴェドン,クライン,ケルテスといった写真家の図版も複数挿入されているので,20世紀後半という時代背景を考えながら読みすすめると,(自分自身の)写真の見かたが変わっていくことが解ると思う.

『明るい部屋』はバルトの遺作となる書籍,彼の写真論がまとめられている.
写真に興味がある人は,本書を読むと写真の見かたに変化があるだろう.

『明るい部屋』のテーマ「3つの実践」と,タイトルの意味.

バルトは,当時行われていた写真の区分は,「写真の本質とは無関係である」と述べている.ちなみにバルトが無関係と言っている写真の区分は以下のとおり.これらの区分は,古くから行われている分類であり,当時まだ新しい技術であった写真の区分としては適切ではないと考えていた.

バルトが異を唱えた写真の区分
  • 経験的な区分: 「プロ」か「アマチュア」か
  • 修辞学的な区分: 「風景」「静物」「肖像」「ヌード」
  • 美学的な区分: 「写実主義(レアリスム)」「絵画主義(ピクトリアリスム)」

では,写真の区分はどのように考えるのが適切なのだろう?.この疑問は『明るい部屋』という1冊の本によって語られる,1つの問題提起でありテーマでもある.「写真の本質」とは「写真の区分」とは,果たして何なのだろうか.

第一歩から,「写真」を分類しようとする第一歩から,「写真」は逃れ去ってしまう.実際,現に行われている「写真」の区分は,経験的な区分(「プロ」/「アマチュア」)か,修辞学的な区分(「風景」/「静物」/「肖像」/「ヌード』)か,または美学的な区分(「写実主義」/「絵画主義」であって,これらの区分はいずれにしても「写真」という対象に対して外在的であり,その本質とは無関係である.

『明るい部屋』より(8-9p)

バルトは写真が「3つの実践」の対象となることに注目している.3つの実践(または,3つの感動/3つの志向)とは「撮影者(オペラトール)」「幻像(スペクトルム)」「観客(スペクタトール)」である.「撮影者」は職業的な写真家のことで,「観客」は新聞や書籍といったあらゆる媒体で写真を見る人々のこと.そして,撮影された人物や事象そのものが「幻像」と定義される.

バルトは職業的な写真家ではなく,アマチュアとしての撮影経験も少ないと自分のことについて書いている.そのため,『明るい部屋』では,バルト自身の経験に基づき「幻像」と「観客」の2つの視点から論説の展開がはじまる.

タイトルになっている「明るい部屋」については,『44 明るい部屋(130p〜)』でカメラルシダについて触れながら解説してある.タイトルに興味がある人は,ここだけ先に読んでから通読してみるのも面白いだろう.(『明るい部屋』では,17ページではじめて「暗い部屋(カメラ・オブスクラ)」が登場する.バルトの定義する「暗い部屋」と「明るい部屋」を頭の片隅に置きつつ読みすすると更に面白い)

以前の版の表紙には,カメラルシダ(明るい部屋)が使われていた.
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「ストゥディウム」と「プンクトゥム」

『明るい部屋』では「ストゥディウム」と「プンクトゥム」という言葉が出てくる.最後に,この「ストゥディウム」と「プンクトゥム」について書いてこの記事を終わりにしようと思う.

  • ストゥディウム: 写真の持つ一般的関心
  • プンクトゥム: ストゥディウムを破壊する痛点のような一部

それは,ストゥディウム(studium)という語である.この語は少なくともただちに《勉学》を意味するものではなく,あるものに心を傾けること,ある人に対する好み,在る種の一般的な思い入れを意味する.その思い入れにはたしかに熱意がこもっているが,しかし特別な激しさがあるわけではない.私が多くの写真に関心をいだき,それらを政治的証言としてうけとめたり,見事な歴史的画面として味わったりするのは,そうしたストゥディウム(一般的関心)による.

『明るい部屋』より(38p)

ストゥディウムの場をかき乱しにやって来るこの第二の要素を,私はプンクトゥム(punctum)と呼ぶことにしたい.というのも,プンクトゥムとは,刺し傷,小さな穴,小さな斑点,小さな裂け目のことでもあり —— しかもまた,骰子の一振りのことでもあるからだ.ある写真のプンクトゥムとは,その写真のうちにあって,私を突き刺す(ばかりか,私にあざをつけ,私の胸をしめつける)偶然なのである.

『明るい部屋』より(39p)

バルトは世界中で普及している写真のことを「単一な写真」と呼んでいる.(ここではあえて,《単一な写真=平凡な写真》としておこう)修辞の考え方に習って,写真から無駄なものを取り除いてしまうと,人を惹きつける写真にはならない.写真には,関心を引くための「プンクトゥム(ストゥディウムを破壊する痛点のような一部)」がなければいけないとバルトは考えている.

この考え方は,非常に面白いと感じた.人を惹きつける写真には,一般的関心を持ってもらうために基礎的なもの(構図やテーマ)があって,かつそれを破壊するような一部分が含まれいないといけない,こうバルトは考えている.バルトにとってのプンクトゥムは,「ベルト付きの靴」であり,「男の子の歯並びの悪い歯」であり,「ぶかぶかなハンチング帽」なのだ.

この写真のプンクトゥムは,バルト風に言えば「男の子の歯並びの悪い歯」である.

プンクトゥムの実例を補完する写真も図版として何枚か入っている.詳しくは書籍を見て,実際に感じてほしい(画像は「男の子の歯並びの悪い歯」の写真)」.

「ストゥディウム」と「プンクトゥム」は,『明るい部屋』で展開される,バルト写真論のもっとも大切な部分でありひとつの概念だと思う.「写真の見かたそのもの」について考えたり,「気に入った写真をなぜ自分が良いと感じるのか」を理解するための手引となる一冊.なので『明るい部屋』が気になっている人は,ぜひ一度手に取り,ここで紹介した部分などを,実際に読んでみてほしいと思っている.

〈了〉

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編集後記

途中「修辞学」についての記述があるが,説明を全くいれずにいたので,補足として追加しておきます.

なにしろ構図の《統一性=単一性》は,俗用の(そしてとりわけ学校で教える)修辞学の第一の規則だからである.《主題は,無駄な付属物を取り除かれ,単純でなければならない.これが統一性の追求と呼ばれるからである》と,ある助言者はアマチュアカメラマンたちに教えている.

修辞/修辞学とは.

修辞学とは,その名の通り修辞に関する法則を追求する学問.修辞とは,言葉を使って,物事を適切に美しく,かつ巧みに飾って表現すること.(修辞学=読者の感動に訴えて説得の効果をあげるために言葉や文章の表現方法を研究するもの.美辞学.レトリック)引用: 大辞林アプリ

SourceNotes

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