【On the Street】熊本の街角を歩くストリートスナップ,日常に潜む記憶のかけら|Sep.21 2024 / part2

撮影:2024年9月21日,天気:晴れ,場所:熊本市中央区
カメラ:Nikon Df,レンズ:AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF

日常的にカメラをぶら下げてスナップ写真を撮っているので,それらの取り留めのない写真を載せています(On the Streetは,ソールライターの写真集の見出しから拝借).

はじめに:街を歩くという行為

熊本の街は,派手な看板や雑居ビル,そしてその影にある古い建物が同じ通りに並ぶ.
そんな矛盾のような風景こそが,熊本を象徴しているように思うことがある.メジャーな観光地でもなく,記念碑的でもない,「生活の温度」のような気配が漂っているような街.
本稿では、そんな熊本の街角で撮影したスナップを通じて,“都市の記憶”を記録する写真について考えてみたい.

AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/1000
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/500

看板の洪水 ── 現代都市の色彩

最初に目を奪われたのは,中央区の一角にある無料案内所の密集地だった.
青や赤,ピンクの看板が建物を覆い,まるで一種のパターンデザインのように街を彩っている.
文字の洪水.しかし,そこに漂うのは広告ではなく生きた街の呼吸のようだ

風俗街という文脈を超えて,この光景は日本の都市に共通する“情報過多の風景”を象徴しているようにも思えてくる.
どの街にも存在するけれど,熊本のそれはどこか牧歌的で,地方都市特有の人懐っこさみたいなものがある.
この通りを歩く人々のシルエットが,その色彩の海に溶けていく様子がなんとなく印象的で,シャッターを切る.

AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/1000
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/1000
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/1000
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/1000

路地裏の壁とステッカー ── 名も無いの表現者たち

少し脇道に入ると,壁一面に貼られたステッカーやグラフィックが目に飛び込んでくる.
「Answer」「Next Game?」「ALPHA」などの文字やイラストが,重なり合い,剥がれ,また上から貼られ.そこには,匿名のまま残る意志のようなもの.落書きではなく,都市に刻まれた小さな声明のようなもの──.

こうした表層の記号は,熊本という街の“若さの痕跡”を示しているようにも思える.
整理された美しさではなく,蓄積された雑音のようなもの──,それでもなんとなく心地が良い.
その雑音の中にこそ、街が今日も「動いている」ことの証があるのではないだろうか.

AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/125
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/125

消えていくもの ── 天野屋書店の貼り紙

歩き続けると,何度か立ち寄った古書店のガラスに貼られた一枚の紙が目に留まる.
「十一月十九日に店舗販売を終了いたしました」という閉店の告知.

長年続いた店の歴史がひとつ,静かに幕を下ろした跡だった.
この古書店は,その存在を知ってから,何度か買い物をしただけになってしまった.
最後にここで買った柳宗悦の本(岩波文庫)が,手放せない本になってしまう──,こうして添い遂げたくなる本が,また一冊増えていく.

隣には,かつての店構えを写した古い写真が貼られている.
白黒のその画面に映る街並みは,いまこの通りにはもちろん存在していない.
街は常に変わり続ける.その変化を「撮る」ことは,消えゆくものへの祈りでもあるのかもしれない──.
この写真を撮るとき,僕はただシャッターを切るというより,街の記憶を拾っているような気持ちだった.

AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/60
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/60
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/125

使い込まれたカブと街のリズム

路地裏に停まる二台のスーパーカブ,──カブは若い頃に乗っていたバイクなので,今でも思い入れがある──.それぞれの車体にはステッカーや傷が刻まれ,年月を重ねた存在感を放っていた.

この光景を見たとき,なぜか「(人間の)時間の感覚のようなもの」が頭をよぎる.
乗り手はいないのに,カブはまるでそこに誰かがいるような佇まいをしていた.都市とは,こうした「不在の存在」に満ちているような気がした.
誰かがいた痕跡,使われていた記録.写真は,それを静かに見つめるための装置になることもあるのではないだろうか.

AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/250

熊本という街 ──, 雑多と静けさのあいだで

最近の熊本は観光都市でもあるが,この街角に観光パンフレット的な整然さはない.そのかわりに、無秩序の中にしかない美しさがあった.
けばけばしい看板,老朽化した建物,閉店した店に貼られたポスター,乗り捨てられたような路上のバイク──,それらすべてが「熊本」という街の一面を作っている.

都市の表情は,遠くから見ればただの喧騒でしかない.
しかし,近づいて見ると,そこには人の営みが層のように積み重なっていることがある.
街は,記録されることで初めて語りだすのではないだろうか──,それがストリートスナップの醍醐味なのかもしれない.

AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/250
AI AF Nikkor 85mm f/1.4D IF|ISO100,f4.0,1/500

おわりに:写真は歩くことから始まる

スナップをする時は,カメラを構える前に,まず街を歩くこと,撮りたいものをちゃんと見るようにしている.歩くことで街の音が耳に入り,見ることで視線が定まっていく.
撮るという行為は,観察であり,理解であり,共感でもある.住み慣れた熊本の街角を歩きながら感じたのは,「都市は人々の記憶でできている──」という事実だったような気がする.

消えゆく景色も,作者不明の落書きも,派手な看板も,すべてが記録すべき瞬間.
ストリートスナップはその一瞬を拾い上げ,他の誰かへ渡す.このスナップが,そんな「街の手触り」を感じるきっかけになれば幸いです.

了.

同じ日のスナップがありますので,もしよろしければ御覧ください.